(上)出典:Wikimedia Commons 2011年12月18日、イラクを離れる最後の輸送隊の最後の車両が、クウェートのキャンプ・バージニアに到着したとされる画像(今回の撤退の画像ではないため、あくまで参考画像として見てほしい)
9月30日(水)、イラク首相府の公式Xアカウントは、イラクのザイディ首相が対IS(イスラム国)有志連合部隊のイラクにおける任務の公式終了を宣言したと投稿し、米軍主導の約12年間にわたる対ISを目的とした駐留が終了した。
بالصور/ القائد العام للقوات المسلحة السيد علي فالح الزيدي يعلن الانتهاء الرسمي لمهمة التحالف الدولي لمحاربة داعش في العراق. https://t.co/dHthXmqoY6
— المكتب الإعلامي لرئيس الوزراء 🇮🇶 (@IraqiPMO) September 30, 2026
筆者訳:イラク軍総司令官アリ・ファレフ・アル=ザイディ氏が、イラクにおけるダーイッシュ(イスラム国のアラビア語での略称)との戦いを目的とした国際連合軍の任務が正式に終了したことを発表した。
任務を終え、イラクから撤退した米軍部隊はヨルダンに移動したとみられている。ただし、米国防総省と関係のある一部の防衛請負業者は、イラク軍のアメリカ製航空機の整備要員として留まることになるとみられる。
今回の大まかな撤退経路を示した地図

出典:Suriyakmaps
該当リンク:https://t.me/Suriyak_maps/12925
今回のイラク撤退はバイデン政権時に決まったもの
今回の撤退は、2024年9月27日にアメリカ政府とイラク政府の間で正式に合意・発表された計画によるもので、当時のアメリカはバイデン政権、イラン戦争の戦況を受けて突発的に決まったわけではない。
合意に至った背景として、2020年にバグダッドでイランのイスラム革命防衛隊(IRGC)クッズ部隊カセム・ソレイマニ司令官が米軍に殺害された事件以降、イラク議会や国内の親イラン勢力から「外国軍の即時撤退」を求める圧力が急激に高まったこと、
2024年1月よりアメリカ・イラク間で「高級軍事委員会(HMC)」というものが設置され、そこでISの脅威度やイラク軍の自立度が評価され、主目的の対IS戦闘が概ね完了したと判断されたことが挙げられる。
イラク国内の反応
イラク政府は主権回復に向けた大きな一歩を祝い、祝日を制定
イラクの閣僚評議会(内閣に相当)はイラク共和国の主権を祝し、9月30日(水)から10月3日(土)までの期間、国全体のすべての政府機関で公式な祝日とすることを宣言した。これは単に米軍主導の有志連合部隊が撤退したことのみを主権向上と評価したというよりも、国内のイスラム国勢力がほぼ全て掃討されたことによる政府に対する脅威の消滅及び治安の向上なども含めた、包括的な意味での主権向上を評価してのものだということを意味しているだろう。
親イラン勢力は祝賀ムードに包まれたが、未だにイラクの主権回復はなされていないとし、引き続き武装状態を継続すると立場を明確に表明した
米軍主導の有志連合部隊の完全撤退後、イラクの一部では準軍事組織PMF(人民動員隊)のシーア派勢力とその支持者により撤退を祝った集会が行われた。
また、PMF(人民動員隊)に属する勢力も参加する非公式的な親イラン勢力の連合体『イラクのイスラム抵抗勢力』は米軍の撤退に関する声明を発表し、そのなかでトランプ政権がイラク政府に求める親イラン勢力の武装解除について触れ、
以下筆者訳:
武装解除は行わないこと、またいかなる日程、計画、枠組みにも従わないことを発表した。同勢力は、イラクの領空を含むイラクの完全な主権を保証する回答をイラク政府から得ていないとしている。従って、イラクのイスラム抵抗勢力は、陸・海・空を問わず、いかなる敵の侵略に対しても引き続き対応し、米国が二度とイラクの主権を侵害しないよう自ら確保していくと発表した。
とし、アメリカ及びイラク政府からの要求には従わないことを、以前にも表明していたものの、今回はより一層明確に立場を示す形となった。
追記:米軍のイラクからの撤退後、イラク国内各地で親イラン勢力による軍事パレードが行われた。
追記:米軍のイラクからの撤退後、イラクの主要な親イラン勢力、アル・ヌジャバは、クウェート、ヨルダン、サウジアラビアにおけるイラク国境付近からの米軍撤退、及びバグダッドにある米国大使館の職員数削減を呼びかける声明を発表した。
筆者が考える、イラクからの米軍撤退がもたらす影響
※以降は筆者の推測になるため、今から語られる内容が、決して今後の展開を正確に読み当てているわけではないことに留意が必要だ。あくまで一人の意見として聞いてほしい。
米軍及びその他有志部隊の撤退により、IS(イスラム国)が再び拡大する可能性は現時点では無さそうだ
筆者の考えでは、第一に今回の撤退により、再びイラクでISが再台頭する可能性は現時点では極めて低いということだ。イラク国内のIS勢力は筆者が把握している限りはほぼ全て細胞単位(独立して活動可能な組織の最小単位、通常2〜4人程度で構成される)に分裂しており、その細胞間での連携も、十分に、ままならないような状態だ。そのうえでイラク国軍や準軍事組織PMF(人民動員隊)は、長年にわたる対IS戦闘で、相当な経験を積んでいる状態だ。よって仮に再びISの活動が活発になり始めたとしても、イラク国軍やPMF(人民動員隊)が現時点と大きく変わらない軍事力を維持し続ける限りは2014年のモスル陥落のようなことは起こらず、早期に活動を抑制することが十分可能だと考えられるということだ。
程度の分析は困難だが、進行中のイラン戦争に多少の影響は出るだろう、特にイランとイラクのクルディスタン勢力に
2014年8月以降のイラクにおける米軍駐留の目的は主にIS(イスラム国)の拡大を防ぐものであったが、対IS戦闘が落ち着くうち、次第にイラク国内からのイラン及び親イラン勢力の監視、イランのクルディスタン勢力の保護を巡ってイランと敵対関係にあるクルディスタン地域の防衛も担うようになってきていたが、イラク領土から撤退した今、今後米軍がそれらを担うことは困難となる。
特にイラン戦争開始以降、イランのクルディスタン勢力がイラン西部への地上侵攻を実行する可能性が浮上したため、イスラム革命防衛隊(IRGC)は現在に至るまで頻繁にイラクのクルディスタン地域に留まるイランのクルディスタン勢力に対して自爆型無人機や弾道ミサイル攻撃を実施してきた。これまではクルディスタンの都市、エルビルに駐留するパトリオット部隊を筆頭とする米軍がイランから発射される飛翔体に対して迎撃戦闘を展開してきたが、米軍が地上から撤退した今、クルディスタン地域をイランの無人機や弾道ミサイルから保護する軍事力は同地域には存在しない(憲法などで原則としてクルディスタン地域はイラク政府ではなく、現地のクルド自治政府に治安権限が委ねられているため、イラク軍は展開していない)。
撤退後も米軍がクルディスタンを保護する策として、強いていうならば米軍の航空機が迎撃戦闘の際にイラク領空に展開してイランからの無人機への対処を試みること自体はクルド自治政府と政治的な合意(これはイラク政府が反対したとしても、法的にはイラク政府に決める権限があるかもしれないがクルド自治政府が無視し、実質的にはクルディスタン地域にまで権限は及ばない可能性がある)があればおそらく可能だが、それでは無人機の検出から迎撃準備を整わせた現地の展開に移るまでにかなりの時間が掛かるだろう、イラン西部とクルディスタン地域は隣り合わせで物理的に近いので、発射から着弾までの時間が他の地域と比べて早いことを考えると、米軍が展開する頃には既に着弾している可能性が考えられる。よってあまり得策とは言えないだろう。そもそも友好関係にあるとはいえ、アメリカが得策とは言えない策を強行してまで米軍不在のクルディスタン勢力を防衛するとも、イランのクルディスタン勢力がイラン西部への地上侵攻を開始してアメリカにとって自軍の代理として侵攻してくれている好機が訪れない限りは考えづらいため、現時点で実行される可能性は低いだろう。
さらにクルド自治政府の軍事部門ペシュメルガに対するアメリカの支援も年々低下している。そして追い打ちをかけるように、撤退した今後は2022年の覚書の失効によって月間数十億〜数百億円規模の資金援助が終了する為、ペシュメルガがアメリカから軍事支援を受けて自前で防空システムを構築する可能性も低そうだ。
これは事実上、イランと敵対し、現在はイラクのクルディスタン地域に拠点を置くイランのクルディスタン勢力(クルド自由党(PAK)、クルド自由生活党(PJAK)など)が9月30日の米軍撤退以降、イランからの攻撃に対してほぼ完全に無防備になっていることを意味している。

